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在宅医療と救急車

こんにちは。

久しぶりの更新となります。

本日のテーマは「在宅療養中に状態が急変したら・・」です。よろしくお願いします。

 

在宅療養は病院と違い医療者が常に横にいるわけではありません。そんな中、家で療養するのは大きな不安がつきまとうと思います。

「私の身体に、もしくは大切なご家族の身体に何かあったときにはどうしたらいい? 私はなにもわからないのに。」という不安は在宅療養をされる方、支える方全員が持たれる不安だと思います。

 

では実際に自分たちの手に負えない事態が生じた際はどうしたらよいのでしょうか?

そんな時、在宅療養をされている皆さんには選択肢があります。

①救急車を呼ぶ

②訪問看護師、在宅主治医に連絡する

です。

それぞれについて起こりうる自体を少し掘り下げてみます。

 

①救急車を呼ぶ

日本には極めて優れた救急医療のシステムがあり、多くの場合救急要請から数分で要請場所まで救急隊員が救急車と共に駆けつけてくれ、必要な応急処置を受けられます。驚くべきことにこの極めて優れた救急搬送システムは日本では無料で提供されています。

この「救急車」ですが、在宅療養中の患者さんにとっても大変心強いサポーターです。我々ケイ往診クリニックでも電話での症状聞き取りや往診の結果、救急車を要請することはあります。

では、何かあったとき全てのケースで救急要請が望ましいのでしょうか?

実は一概に「はい」とは言えないのです。

救急車を呼ぶ時の皆さんの心の声は何と言っているでしょうか? きっとこう言っていると思います。

「助けて!」もしくは「何とかして!」

こういった声に基づく要請を受けた救急隊員は全力で「助け」に来てくれるのです。

では、救急車で病院へ運ばれた転帰はどうなるでしょうか? 実は転帰は3個しかありません。

1)完全に元の状態まで回復する

2)治療の甲斐なく病院でお看取りになる

3)障害を負って(元の状態にまで戻らず)退院する

です。

多くの人は「(1)完全に元の状態にまで回復する」ことを願って救急要請をするでしょう。その結果が臨んだとおりであれば最も良い結果です。

(2)の結果も、残念な結果ですがやむを得ないことも多く「出来るだけのことをして無理だったんだ」と納得もしやすいかもしれません。

でも実は多くの人が救急要請をする際に想定しておらず、実際に陥って困ることになるのが「(3)障害を負って(元の状態にまで戻らず)退院する」です。生命は助かったけれど意識が戻らず寝たきり、入院中に筋力低下が進み寝たきり、呼吸が弱いから気管挿管や人工呼吸、、などです。

最近は急性期病院でも意思確認をしっかり行いますから希望しない処置をされることは減っていますが、意思確認できない状況だとそうもいきません。救急隊や救命医は全力で「生命を助けるための」医療を行います。

想定していなかった(3)の状態になった時、搬送された急性期病院がずっと入院させてはくれることはあり得ません。病状が安定したところで他の病院に移るか(病床に空きがあれば、です。日本ではこの区分の病床が今後減っていきます)在宅療養に戻ることになるのです。

(1)(2)(3)どの結果になったとしても受け入れる覚悟があれば救急車は非常に有力な選択肢です。

 

救急車を呼ぶ時にもう一つ注意しておかなければならないことがあります。それは救急隊の応急処置です。

例えば「がんの終末期で最期を家で穏やかに過ごしたい。蘇生処置を希望しない」方が在宅療養中に不測の事態が生じ、救急隊を呼んだとします。

その際の救急隊の行動原理は「生命を助ける」です。本人や家族の意思と無関係に処置が始まってしまう可能性があるのです。

全国で「救急隊の蘇生や搬送中止」はかかりつけ医の指示の下で容認される傾向にありますが、判断は各消防本部に委ねられています。つまり、蘇生や搬送中止を望んでもそうならない可能性があることには十分な注意が必要です(少なくとも私がこれまで医療を行っていた地域では救急隊の蘇生や搬送中止は認められていませんでした)。

 

いかがでしたでしょうか。119番に掛けるだけで救急車は来てくれますが、起こりうる結果を知った上で判断に繋げる必要があります。

次回では、②訪問看護、在宅医に連絡する

について掘り下げたいと思います。

本日もありがとうございました。

 

少しでも在宅医療への理解に繋がればと思い、本ブログで情報発信をしています。本ブログを読まれて不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

 

西宮市の訪問診療、在宅医療

ケイ往診クリニック

松原 翔

 

生きることの全体像~ICF②~

こんにちは。

GWも折り返し、、でいいのでしょうか。医師という職業を選んでからこのかた、GWや盆、正月といった日に長期休みをとれた試しが無いので、世間一般の感覚がよくわからなくなっています。「医師は世間知らず」ということはよく聞きます。自覚はあります。

 

さて本日はICFについて少し掘り下げたいと思います。

ICFとは生活全体を俯瞰するためのツールであり、分類です。生活に関連した分類なので、実は障害の有無にかかわらず全ての人を対象とすることができます。

まずは生活を二つの視点から見てみます。①「生活機能と障害」②「背景因子」です。

 

①「生活機能と障害」とはA「身体にある障害の有無や程度」、B「今の身体で出来ること、出来ないこと、その結果どこまで活動に参加できるか、しているか」という視点です。

障害自体は加齢により背負ってしまうこともありますが、病気が原因となっていることもあります。ですので、ここで「ICD(国際疾病分類)」とリンクしています。

A「障害の有無や程度」は身体を客観視します。どこにどのような障害があるのかを分類していきます。

例えば、「脳梗塞が原因で右半身麻痺と失語症がある」といった具合です。これを障害の種類と程度でコード化します。

B「今の身体で出来ること、出来ないこと」は日常生活にどこまで制限が出ているかを分類するものです。細分類として「一人でどこまで出来るか」「手助けや福祉用具を用いればどこまで出来るか」という評価があります。

例えば、先の方で言えば「片麻痺があるため望むところへ移動できない(一人の場合)」が「車椅子を用いて外出することができる(手助けや福祉用具を用いてどこまでやっているか)」といった具合です。

この場合だと、「片麻痺があるため望むところへ移動できない」は「d460.4」に該当します。「d460」は「移動すること」に関する項目、「.4」は「~することが非常に困難である」という意味合いです。

この方は一人では移動できないのに、車椅子を用いれば移動できますね。その場合は「d460.1」となります。「.1」は「~することが少しの困難を要する」です。支援の力により生活機能が向上していることが示されました。

これを生活の様々なシーンに当てはめて行くわけです。

例えば「食事」「トイレ」「入浴」「会話・コミュニケーション」「認知」などです。

このように系統立てて見ていくことで、その人が一人だとどうなのか、支援の力を使うとどうなのか、ということを把握し共有することができます。

ここまでは日常生活レベルのお話ですが、ICFではさらに踏み込んで、「どこまで社会に参加しているか」も見ています。

先の例だと「(右片麻痺と失語があるが)デイサービスに参加している」は「d910.1」といった具合です。

 

②「背景因子」

ICFでは個人の障害のみならず、周囲や個人がおかれている状況にも目を向けています。

その人がおかれている環境や、その人自身の影響力を観る視点です。

例えば上記の方が、階段のみでエレベーターの無いマンションの高層階に住まれていた場合とバリアフリーのお宅に住まれていた場合では、外出に関わる困難さが明らかに異なりますね。

環境因子はそういった周囲の環境を分類していきます。住環境のようなわかりやすいものから、「気候」「住民サービス」「政治」といったものまで含みます(国際分類ですので、例えば日本の医療、介護、福祉サービスは世界を見渡しても非常に高水準ですが、他の国を見渡したときに同じサービスを受けられるとは限りません)

他にもその人自身のキャラクターや性格が生活に影響することもあります。そういった視点もICFは持ち合わせています。

 

いかがでしたでしょうか。正直わかりにくいと思います。しかもICFの分類全てを全員に当てはめて行こうとすればいくら時間と労力があっても足りません。私たちもパッと「d480.3」とか言われても、コード表を見ないと何のことかわかりません。

大切なことは分類に一生懸命になることではなく、こういう視点を共有して持つことだと考えています。

各々がバラバラの評価尺度で患者さんを観ていれば適切な支援がわからなくなってしまいます。そういうときの「ICF」ではないでしょうか。

「生活全体を見つめる視点」を大切に、寄り添う医療を続けていきたいと思います。

 

本日もありがとうございました。

少しでも在宅医療への理解に繋がればと思い、本ブログで情報発信をしています。本ブログを読まれて不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

 

西宮市の在宅医療 訪問診療

ケイ往診クリニック 医師

松原 翔

休日コラム〜究極の個人情報

こんにちは。

GWに入り雨がチラホラ。GW中も当然待機日があるわけですが、待機フリーの日に限って雨です。生まれつきの雨男です。

私が訪問診療に伺う皆様。私が訪問する日は雨が降ります、ご注意を。

 

さて、今日は休日ですので肩休めにコラムを書いてみようと思います。

 

個人情報保護法が成立ししばらく経ち、個人情報を厳格に取り扱うことはかなり一般的になってきました。保護されるべき個人情報は非常に多岐に渡ります。では、このコラムを読んでいただいている皆さんに一つ質問してみたいと思います。

大切な個人情報を一つ挙げるとすれば、何を選びますか?

 

住所? 収入? 家族構成? 病名? もしくはキャッシュカードやクレジットカードの番号?

もちろんこれらは極めて重要な個人情報ですが、私が考える究極の個人情報は、、、

 

「遺伝情報」です。つまりDNAの配列ですね。

 

「なぜ? 遺伝情報なんぞ漏れたところで実損があるわけではないのに。キャッシュカード情報やクレジットカード情報の方が漏れてほしくない」と思われた方、自然な感覚だと思います。

でも実は病院において最も厳重に取り扱われている情報の一つが「遺伝情報」です。病院においても遺伝情報にアクセスするためには2重3重のロックがあり、限られた者しかアクセスできないようにしているのです。

 

どうしてここまで厳重に管理されているのでしょうか?

それは「遺伝情報は患者本人のみならず、周囲の人間(家族)に極めて強く影響する」ためです。

例えば、ある患者さんが遺伝子検査を受けて、がんになりやすい遺伝子を持っていることが明らかになったとします。

すると、、その血縁関係にある方全て(厳密には全てではない)ががんになりやすいことが明らかになるのです。その情報が例えば保険会社などに漏れてしまうと、何が起きますか?

申告事項は問題ないのに、遺伝子的に将来がんを発病するリスクが高いとして保険に入れない、などの不利益が生じてしまう可能性があるのです。

もしもあなたが、会った事もない遠戚の遺伝情報が漏れたために生命保険に入れなかったら、、これまでそのような事例は聞いたことがありませんが、起こり得る事態と考えられているため遺伝情報は厳に管理されているのです。

 

そんな怖い遺伝情報なのに、なぜ最近注目を浴びているのでしょうか?

それは「遺伝情報は有力な治療ターゲットになる」ためです。毎年のように分子標的薬が発表されていますが、これらの多くは遺伝子異常を狙った治療薬であり、かなり良好な治療成績を上げているのです。

他のメリットとして、先に遺伝情報を知ることでがんを予防することができるようにもなっているのです。

 

アンジェリーナ・ジョリーをご存知ですか? ハリウッド女優です。ブラッド・ピッドの奥さんですね。

実は、彼女には両乳房と卵巣がありません(これは公表されている情報です)

 

彼女は遺伝子検査の結果BRCAという遺伝子に異常があり、将来乳癌と卵巣癌を発症するリスクがかなり高いと分かったため、予防的に乳房と卵巣を切除したのです。

BRCA遺伝子変異がある場合、70歳までに乳癌を発癌する可能性は75%、卵巣癌を発病する可能性は30-50%(小規模研究において、より高いとされる結果もあり)と報告されています。このリスクは本人のみならず、遺伝情報を共有する子孫にも引き継がれる可能性があるのです。遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)と呼びます。

そのため、アンジェリーナは手術を決断したのですね。

これはリスク低減乳房切除術/卵巣切除術(RRM/RRSO)と呼ばれる手術で、近年日本においても保険適用となりました。

2022年の報告で、BRCA1/2遺伝子は乳癌卵巣癌、膵癌、前立腺癌の他に様々ながんの発癌に影響することが示されました。BRCAをターゲットにした分子標的薬もいくつかあり、特に卵巣癌において良好な治療成績を上げています。今後ますます注目される遺伝情報となるでしょう。

 

もしもこのコラムを読まれて不安に思われた方がいらっしゃいましたら、遺伝カウンセラーもしくは臨床遺伝専門医に相談することをお勧めします。

「究極の個人情報を調べること」は諸刃の剣です。自分や子孫の発癌を予防できる可能性がある一方、周囲の人間の人生に影響する可能性もあります。

まずはよく知ることから始めてみましょう。

 

肩休めのつもりが力が入り過ぎてしまいました。

次回はICFについて。休日コラムは「癌」と「がん」の違いについて書いてみようと思います。

本日もありがとうございました。

 

西宮市の訪問診療、在宅医療、往診

ケイ往診クリニック 医師

松原 翔