ブログ

在宅医療における不正性器出血

こんにちは。
ケイ往診クリニック、医師の松原です。
暑さも盛りを超えたのでしょうか、息が詰まるほどの苦しさは感じなくなってきたように思います(感覚がマヒしてきてるだけかもしれません)

さて、今月から医師3名全員がブログを書くことができるようになって嬉しく思います。
今回は私が担当させていただきます。

 

今日は婦人科医の視点から見た、在宅医療における不正性器出血の考え方をお伝えしようと思います。

病院に勤務している頃、ほぼ意思疎通が取れないような全介助の患者様が不正性器出血や帯下(おりもの)異常で、多くの人に付き添われてストレッチャーで紹介されてくる人が結構いました。婦人科以外の先生方にとって産婦人科領域はブラックボックスですので、とりあえず婦人科に診せておきたいと思われる気持ちは理解できます。しかし婦人科診察は不快感を伴う診察ということもあり、受診から診察まで本人および介護者にとって大きな負担です。

ですが、やっとの思いで通院し婦人科を受診できたにも関わらず、婦人科医から「検査も処置も基本的にやることはないです。出血は経過観察をしてください。止血剤を出しておきます」と言われてただ帰るだけ、という結果になることが結構な頻度であるのです。

なぜ婦人科医はそう言って何もしてくれないのでしょうか。外来が混んでいて適当にあしらっているのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、実はそうではありません。

 

婦人科医の思考回路はどうなっているのでしょうか? 少し解説します。

閉経後の不正性器出血で問題となりうるのは大きく分けて2つです。
一つは悪性腫瘍(子宮頸癌、子宮体癌)、もう一つは感染、炎症に伴う出血と帯下異常です。

婦人科医は不正性器出血がある方が紹介されてきた場合、まず悪性腫瘍を見逃さないよう診察、検査を行います。その結果、悪性腫瘍の診断がつけば当然それに対する加療のフェーズに入っていくわけですが、この治療フェーズの考え方が少しやっかいなのです。

不正性器出血を来す悪性腫瘍は主に子宮頸癌、子宮体癌です(他に腟癌、外陰癌がありますがレアです)。子宮頸癌の主治療は手術療法もしくは放射線療法(同時化学放射線療法)と化学療法のセット、子宮体癌の治療は原則手術による子宮全摘術と再発リスクに応じた術後化学療法です。

ただ、これらの積極的治療を行うためには本人の全身状態が非常に重要なのです。基本的に積極的治療の適応となってくるのはPS(パフォーマンスステータス)2以下というのが目安です。具体的には1日の半分以上をベッドから離れて自立して生活している、というのが条件なので、ストレッチャーや車椅子で意思疎通もなかなか取りづらいような方はこのPSの観点から積極的治療の適応にならないのです。積極的治療の適応にならなければ取り得るのはBSC(ベストサポーティブケア)、いわゆる緩和・対症療法です。

つまり、PSが3,4(寝たきり)のような方はそもそも悪性腫瘍の積極的加療の適応から外れてしまうのです、治療に繋がらず方針が変わらない検査に意味はありませんから、検査も処置も行われないことが多いのです(実際は子宮頸部、内膜の細胞診を行うことが多いですが、結果が悪性で帰ってきたとしても治療選択肢が無ければあまり意味はありません)

このような思考回路で婦人科医はその先の治療まで見ているため、入口の受診で経過観察を告げるのです。

感染、炎症に伴う出血もほぼ同じです。

高齢の方で帯下異常を来す典型的な疾患に子宮留膿腫があります。腟からの逆行性感染で子宮の中に膿がたまる疾患です(背景に子宮悪性腫瘍が隠れていることもあります)

これに関しても、子宮留膿腫がきっかけで発熱を来すような全身感染症の熱源になっていればドレナージを行いますが、全身状態が良好で全身感染を来していないときはドレナージを行わないこともあります。

 

その他、不正性器出血や帯下異常の原因となり得る病態では萎縮性腟炎(女性ホルモン欠乏による粘膜の炎症)や機能性出血、肉芽からの出血などがありますが、これらの疾患は寝たきりの患者さんでは治療されません。

 

いかがでしょうか。

婦人科を受診したけど何もされず帰宅させられた、の背景にはこのような思考回路が隠れているのです。

寝たきりの患者さんの婦人科受診には本人、介護者、病院勤務者すべてに負担がかかります。

適切な受診判断をおこなっていきたいところですね。

ではまた、次回のブログでお目にかかります。残暑で体調を崩されないようご自愛ください。

 

西宮市の在宅医療、訪問診療、往診

ケイ往診クリニック 松原